今こそ知っておきたい!宜野湾市基本情報
2016.10.31 12:38 2016.11.01 18:27宜野湾市のこと

宜野湾市基本情報

秋を探しながらクーラーガンガンの部屋にいるライターわかです。
宜野湾市の人口ってどれくらい? 「ねたて」ってなに? あれ? 宜野湾の基本的なこと知らないな…と思ったので調べてみました。

■人口

計97,964人(男47,711人・女50,253人・世帯数42,540)

ちなみに、沖縄県全体では1,435,233人(男704,963人・女730,270人)で、宜野湾市は人口ランキング5位。※平成28年9月末現在

■面積

19.80k㎡

■成り立ち

1671年(寛文11年)に14ヵ村をもって宜野湾間切が設立され、本島中部の政治、経済、教育の中心地として活気を呈していた。
第二次世界大戦においては本市も壊滅的な戦災を被ったが、野嵩地域が焼失を免れ、周辺地域の民間人の収容所となり、宜野湾の戦後復興の中心地となる。
普天間を中心に都市化が進展し、1962(昭和37)年7月1日に市制が施行され、新生「宜野湾市」が誕生した。

■市章

ginowan
宜野湾市HPより
市章は「ギノ」を図案化したもので「ギ」で躍進の翼を形どり、円で湾を表わし、協力の和と平和を表わす。

■市木、市の花木、市花

市木 「リュウキュウコクタン」

リュウキュウコクタン
リュウキュウコクタン posted by (C)西表カイネコ

市の花木 「サンダンカ」

ジャワサンダンカ
ジャワサンダンカ posted by (C)西表カイネコ

市花 「キク」

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■ 「ねたての都市(まち)ぎのわん」

「ねたて」とは、古謡「おもろさうし」に表された言葉で、「物事の根元」または「共同体の中心」を意味する。
本島中部に位置する宜野湾市は、かつて察度王の時代、琉球の根(ね・ねのしま・ねたて)と 呼ばれ、政治・経済・文化の中心だった。
「ねたての都市ぎのわん」は、限りない可能性を秘めた沖縄県の中核都市として、宜野湾市を象徴する市民の合言葉としている。

■周辺地域

北に北谷町、東に中城村、北東に北中城、南東に西原町、南に浦添市と面している。

■小・中学校

小学校10校(普天間、普天間第二、大山、大謝名、嘉数、志真志、宜野湾、長田、はごろも、沖縄カトリック)
中学校5校(普天間、真志喜、嘉数、宜野湾、沖縄カトリック)

~おまけ~

■県外の人に「沖縄出身なんだね、沖縄のどこ?」と聞かれた時に「宜野湾市です」と答えてもピンときてもらえないので付け加えるとピンときてもらえる答えランキング(ライターわか調べ)

1位 普天間基地があるところです
2位 那覇の隣の隣です
3位 ベイスターズのキャンプ地です

県外に20年ぐらい住んで何百回とした会話を振り返ると、上記の結果となりました。
なんか、もうちょっと「これ!」っていうものが欲しい気がするけど…好きだよ、宜野湾市。
以上、知っておきたい宜野湾基本情報でした!

About -この記事を書いた人-

わか
わか
宜野湾市生まれ宜野湾市育ち。高校卒業後は県外へ。出版社に勤めたりパンク・ハードコアにハマったりサッカーを見過ぎたりしてきました。サッカー(特に柏レイソル)と音楽(特にBUCK-TICKとNUNCHAKU)が大好きです。人生2度目のUターンでギノワンライフ満喫中!
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